飴と鞭が癖になる

「カークランド先生、Aちゃんのカルテの入力がまだ終わっていないようですが。これで催促するの何度目だと思ってます?おかげでお母さんの退院調整がまったく進みません」
「ごめん、すぐやる」
「忙しいのはわかりますけど、看護師と雑談している暇があったら頼まれたことくらいちゃんとやってほしいですね」
「悪かった。忘れてたわけじゃないんだ。今からやるよ」
「…………あの、でも、えっと…Aちゃんのお母さんが『カークランド先生はいつNICUにいっても丁寧に説明してくれるし、Aちゃんにもたくさん話しかけてくれる』って言ってました。いい先生だって」
「? そりゃどうも」
「私もそう思いますって言っておきました。事実いい先生ですし」
「…?ありがとう」
「えっと…今日仕事が終わったら食事でもどうですか?あの…明日オフですよね。たまにはホテルでゆっくりとか」
「いやめちゃくちゃうれしいけど、なに、どうした?」
「どうしたって?」
「急になんか褒めたり誘ってきたり」
「いえ、アーサーさんが…私は飴と鞭の塩梅が絶妙だとおっしゃっていたので」
「さっき俺を叱ったから今度は飴を与えようと?」
「はい。意識してみました」
「それで俺をホテルに誘ったのか?飴の配分どヘタクソじゃん」
「えっ」
意識したら急にできなくなる本田先生かわいい(かわいい)

「飴与えすぎだろ。俺はどんどん増長するぞ」
「でも結構きついことを言ってしまったなと私も反省して…」
「だって実際カルテ書けてねえし、それで退院調整進まないならいろんな方面に迷惑かけまくってるわけだし、叱られて当然だろ」
「そうですか…難しいですね、飴と鞭」
「なにも考えずに俺が悪いと思ったらバンバン指摘して、いい仕事してるなって思ったらバンバン褒めてくれりゃいいんだよ」
「なるほど」
「さっき叱ってきたのも別に鞭を振るおうとしてわざときつく言ったわけでもないんだろ」
「ええそれはもちろん、…看護師と雑談している暇があったら、と言ったのはちょっと、個人的なやきもちも入ってたりしますけど」
「…………へえ」
飴が絶妙


 
「本田先生、Bちゃんのお母さんのカルテの入力がまだみたいだけど」
「そうですねすみません」
「看護師と雑談してる暇があったら頼まれたことくらいちゃんとやってほしいですね」
「…意地悪を言ってます?」
「やきもちを焼いてる」
「ふふ、そうですか」
「なんだよ元気ないな。なんかあった?」
「朝からいろいろありまして…仕事も立て込んでるし、おかげで迷惑をかけてしまいましたね。Bちゃんのカルテは今から書きます」
「キクは患者に気持ちを寄せすぎなんだよ。いったん崩れると結構引きずるよな。まあ今日みたいに仕事に支障が出るのは極めて珍しいが。ある程度は線を引かないと」
「うっ…研修医時代から言われ続けたことを」
「言われつづけてんだやっぱ」
「やっぱって…今日もまた容赦ないですね。そろそろ飴は?」
「俺はキクと違って飴と鞭は専門外」
「えっじゃあわかりきった事実を淡々と指摘して私を改めて凹ませておしまい?」
「でもあやすのはうまいらしいからな」
「たしかにそこは期待できます」
やっと笑ってくれた

「抱っこもうまいらしいし」
「それも実証済み」
って二人で笑ってるのを看護師の一人が聞いて光の速さで病棟じゅうに噂がまわるし翌日には病棟またいで噂が広まってる